結成10周年 弦楽合奏団「石田組」8300人の観客が熱狂した武道館公演レポート到着

2024.11.12更新

 

“火を吹くクラシックコンサート”

2024年、結成10年を迎えた石田組は精力的に公演を重ね、日本各地で大きな成功を収めている。そして11月10日、日本武道館。石田組にとっても、クラシック音楽の歴史においても、記憶に残るコンサートが開催された。

武道館に足を踏み入れる前に最も気になっていたのが、彼らはこの大舞台でどのような演奏を聴かせてくれるのだろうかということだった。クラシック音楽の会場において最大規模であるサントリーホールが、2006席。思えば石田組は昨年の時点でサントリーホールを2ステージこなし、追加公演も行うという動員力を誇っていた。加えて、最小人数での弦楽アンサンブルを会場の隅々まで響かせるという拘りも持つ。なるほど動員という点においては日本武道館、決して相手に不足はない。ただ、武道館という空間で聴く石田組はどんな装いで私たちを待っているのだろうか。

南スタンドに腰をおろすと、ステージが眼前に広がる。左右に置かれた巨大スクリーン、バックに掲げられた武田双雲の筆による「石田組」のロゴ、それに数え切れないほどの照明が仕込んであるようだ。武道館というハコに真っ向から挑むような舞台の構えに期待が一気に膨らむ。 開演時刻になると客電が落ち、歓声が上がる。紫色の灯りの中に登場した出演者陣(組員)が低くイントロを刻み始める。「BATTLE WITHOUT HONOR OR HUMANITY」(布袋寅泰)だ。やおらステージ中央に後光が差すと、ゆっくりと石田泰尚が登場。組員は全員サングラスを着けている。のっけからこれほど歌舞くとは!呆気にとられている内に、コンサートは「天国への階段」(レッド・ツェッペリン)、「スターゲイザー」(レインボー)と70年代ハードロックのレパートリーが続く。そういえばこの日取り上げられたバンドは、後半のU.K.を除けば皆武道館でのライブを行なっている。「天国への階段」では照明の演出により教会でカンタータを聴いているような雰囲気を作っていく。ジミー・ペイジのあのギターソロは辻本玲(チェロ)、中村洋乃理(ヴィオラ)、佐久間聡一(第1ヴァイオリン)、双紙正哉(第2ヴァイオリン)のトップ奏者によるソロで繋ぐ。石田組は音楽を通して各メンバーにスポットを当てていくのが本当にうまい。「スターゲイザー」ではディストーションや太い音圧がPAを通してしっかりと響く。ケルト〜中東という流れに続いて、「亡き王女のためのパヴァーヌ」(ラヴェル)、「火祭りの踊り」(ファリャ)、「ファランドール」(ビゼー)と、クラシックナンバーを通じてエキゾチックな雰囲気が会場を覆う。「ファランドール」はこの日最初のピークを刻んだ。

遅まきながら、このクラシックパートを聴きながら今日のコンサートの最大の拘りであろう、音響のセッティングに気付く。メンバー全員の楽器にピックアップマイクが付けられ、広大な空間に合わせて石田組の演奏がしっかりと再構築されている。音響スタッフの緻密なオペレートにより、弦楽器のナチュラルさを保ちつつ、弓が弦を擦る音、スタッカートにピツィカート、更に石田の呼吸やカウントの声も臨場感を以って届けられていた。 

前半は「ボヘミアン・ラプソディ」「ボーン・トゥ・ラブ・ユー」とクイーンナンバーの連打で終了。フレディ・マーキュリーのボーカリゼーションも含めて、石田組のレパートリーの中でもクイーンは殊更に原曲の再現度が高く、聴き惚れてしまう。「ボーン・トゥ・ラブ・ユー」では照明によってクイーンのMVさえも再現していたように見えた。

後半はまず「アディオス・ノニーノ」、「タンゲディアⅢ」、「リベルタンゴ」とピアソラ作品がたっぷりと披露された。三浦一馬(バンドネオン)との共演を通してタンゴ奏者としても高く評価されている石田であるが、ソロの語法やアンサンブルなど、ここではむしろクラシック奏者としての矜持を魅せる。熱気の満ちる場内に反して北野武映画のような淡く濃いブルーの照明がステージに差し込むと、石田の物哀しいソロに導かれて「ゴッド・ファーザー・メドレー」(ロータ)が始まった。文句なしの名演で、同時に石田のアウトローへの憧憬が垣間見えるひと時でもあった。
ここから本編ラストに向けて、どんどんテンションが高まる。「シーザー・パレス・ブルース」(U.K.)、「カシミール」(レッド・ツェッペリン)、そして「紫の炎」(ディープ・パープル)。演奏に呼応するかのように舞台演出も切れ味を増していく。そしてーーー「紫の炎」では至る所で火の手が上がるのであった。火を吹くクラシックコンサートを聴くのは、もちろん初めての経験である。ただ、燃え盛るステージで演奏された本作はヴィヴァルディの協奏曲のような様式美を聴かせ、それはともすればロックとクラシックを融合させようとした作曲者のリッチー・ブラックモアが企図したものと近かったかもしれない。オープニングと同様、呆気にとられながら本編は終了した。

 既に予定の終演時間を越えていたが、いつもの石田組のコンサートと同じように贅沢なアンコールが始まる。まずはヘスの「ラヴェンダーの咲く庭で」。非常に愛らしい旋律の小品であるが、組長以下組員一同は明らかにディープ・パープルのテンションのままステージに戻ってきてしまったようで、何ともチャーミングな演奏。「銀河鉄道 999」(タケカワユキヒデ)では何千というスマホの灯りが武道館を照らし、「ありがとう」(いきものがかり)を演奏する前に石田はしっかり「ありがとう」と胸にプリントされたTシャツに着替えて出てくる。アンコールのラストは、今年遂に再結成を果たしたオアシスの「ホワットエヴァー」。左右のキャノン砲から金銀のテープが放たれ、石田組の武道館公演は終了した。

今回の公演、クラシックのコンサートからすれば派手過ぎるという声も上がるだろうか。ここに書き連ねたように、確かに普段では味わえないような楽しさに満ちた公演だった。ヴィオラの生野正樹がMCの中で、今回のコンサートがどれくらい特別な場なのかについて真摯な言葉で語りかけていた。クラシックの演奏家はこれほどショーアップされた舞台で演奏することはまずない。数百年来積み重ねられてきたステージマナーに則って、楽譜に書かれた音楽を何度も奏でていくことで歴史を繋いできた彼らにとって、それぞれのエキスパートが演出を施していくこのコンサートが普段と異なる祝祭的な空間だったことは間違いない。だが、核となる石田組の演奏はいつもと変わらない誠実なトーンであった。「ホワットエヴァー」を演奏する前に石田が何気なく言った「みなさん、気をつけて帰ってください」という一言を思い出す。聴衆が明日からそれぞれの生活に戻るように、出演者たちもそれぞれのオーケストラやリサイタル活動に帰っていき、各地で演奏を続けていく。そこでは火の手は上がらないかもしれないが、石田組が体現する生きた音楽を聴くという愉しさが息づいているに違いない。「気をつけて帰ってください(そしてまた会いましょう)。」武道館という大舞台で、石田組は普段通りに最高の演奏を届けてくれた。そしてそれは、これからの楽壇の未来に希望を灯す素晴らしい一夜であった。

取材:小崎 紘一
撮影:Hiroki Nishioka

<公式HP>
https://ishida-gumi.jp